被災と公的支援

 

ネットニュースを見ていると

西日本豪雨の被害が意外に大きくて驚く。

 

今年は地震に洪水に災害がたて続けにくる。

日本のどこに住んでも逃げ場はないように

思えてくる。

 

不合理な計画である国立競技場や豊洲市場に

千億円単位の金が使われているが、

この金を万人単位の被災者に支援金として支給すれば

千万円単位になり、よほど有意義な使い方かと。

被災者はその資金で、住居をつくったり修繕したりするわけで、

建築系の仕事が膨大に生じる。

これを公共事業と位置づけ、公的資金を投入することは

理にかなっているのではないか。

 

破壊された街が復興出来ないないでいると、

その経済的損失ははかりしれない。

という以上に、

被災すれば手厚い支援を受けることができるシステムは

すべての国民に限りない安心感を与えるはず。


南国の味覚

 

7月上旬にして気温30度超え。

それを意識したわけではないが

30度の琉球泡盛を買う。

 

口当たりは淡く、飲みやすい。

南国の海が見えてくる。

暑いところの酒は、

暑いところで飲むとうまい。

 

最近、タイ料理やインド料理といった

辛いものがやたらとほしくなるが、

暑いところに住む人間の生理を研究して

出来上がってきたものだからか。

 

 


近所を歩く

 

サンダルを履いて散歩すると、

とても気持ちがいい。

 

暑い日々、靴と靴下はただいたずらに足を締め付ける。

耐え難い。

それがサンダルだと、足の指やかかとが野放図に

外に放り出されてリラックス。

裸足はいい、本当にいい。

 

少々歩きにくいので、歩くスピードも遅くなる。

背すじを伸ばして、アフリカの女性みたいに

ゆったり足を運んでみる。

 

夏の入道雲がモコモコわき、

その手前を薄い雲が横に飛んでいく。

 

頭の中のぼんやりした考えが、

ペタペタいうサンダルの音で、

ゆらゆら下に落ちて積み重なっていく。

 

ただ、背中がいたい。

相当に凝っている。

ガチガチだ。

 


肉感的な野菜

 

スーパーでパプリカを買う。

本当にきれいな形だなと思う。

ずしりと手ごたえもある。

 

ずっと見てると、

膝がしらと太ももが組み合わさってできてるようで、

妙に肉感がある。

植物は生物で、やはりどっかで、

生物である人間につながっている。

 

包丁で切ってみると、

ほぼガランどうで中身が恐ろしいほどない。

肉厚で甘くて美味いゆえ、

改良の果ての品種なのかと思う。

人が食うために形がいじくられ、

どんどん中身なしにされたとしたら、

実に気の毒な野菜。

 

 


「身体俳句」だ、これは。

 

ジェットコースターのスタート音が知りたくて、

ネットで調べると、

とんねるずの『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』に

出演している女芸人「天然もろこし 植山由美子」の

動画が現れる。

この人が、ジェットコースターのスタート音を演じていた。

なんでもて出てくるものである。

 

そのシンプルな芸に感心してしまった。

頭に「B級…」とつけて、

「〇〇のの音」と前置きするから笑ってしまう。

彼女のもさっとした、

とくに演技もしない素の感じもいい。

小さなことがたくさん積みあがって、

磨き上げられた芸になっている。

 

だが一番の面白さの核は、着眼点だろう。

ここに目をつけるかぁ…という意外性である。

「細かすぎて伝わらないモノマネ」自体、

「俳句」に似ていると思った。

細やかな観察からひらめく着眼の妙味。

それを体で表現するので「身体俳句」といってよかろう。

 

では、天然もろこし 植山由美子 の素晴らしき芸を

共有しよう。

https://www.youtube.com/watch?v=4AWq2JP8iG4

 


織姫

 

ビデオ屋のフリーマガジンをふと手にとる。

表紙を飾る眼力のある女の子の顔に惹かれたからだ。

「上白石萌歌」という人で、女優さん。

なんて読むんだと調べると、

「かみしらいし もか」とのこと。

今風に詩的というか、凝った芸名だと思う。

その風貌にぴったりで、

名前とかけあって「売れる」感じがする。

というか、今大いに売れてる人なのだ。

 

タレント、タイミング、ネーミングの標準を

ぴったり合わせ切って

「売れる」現象は生じる。

 

 

 

 


「不幸」の原因とは

夢の中で、世の不幸の原因は、

人の心中にある二匹の「勝馬」というお告げがある。

目が覚めて改めて思い起こすと、なんのこっちゃとなるが、

夢をみている時は、これこそ真実なのだと確信している。

 

「勝馬」という欲望まみれの馬が、

欲望の対象を手に入れたいと二匹ともども走り狂っていると、

お互いをけん制し、嫉妬し、邪魔しつつ暴走するというのが、

夢中の夢ときである。

 

どうすればよいのかというと、

「勝馬」を一匹とし、足の遅くのんびりしたラバ一匹と

走るのが「幸福」だという。

「勝馬」は人生を切り開いていく推進力となり、

ラバはそこから派生する緊張感をとき、

行き過ぎを留めるブレーキ役になるとのこと。

バランスをとれ、ということかもしれない。

 

強烈に覚えていることから、

無意識の底で確信していることなのだろう。


妄想監獄

 

「VR(バーチャルリアリティ)」について

ラジオで説明していたが、パソコン一台と

4、5万円の機具があれば、すぐにできるらしい。

それで目を覆えば、仮想空間が広がるのだ。

空を飛んだり、実際に撮影した街の中を歩いたり。

かなりリアルなものだという。

 

危ういものを感じなくはない。

感覚的にみぐるみすっぽり仮想空間入りするわけだから、

そこが魅力的な所であれば、

現実世界に戻りたくなくなる気持ちがわくだろう。

VRに「ひきこもる」という事態は、当然起こりうる。

 

といっても、VRも映画も本も夢も

本質的には同じである。

結局は脳内の仮想現実を表現しているにすぎないから。

仮想現実を現出させるには、

実は、自分の脳一つあればことたりる。

まぶたを閉じ、瞑想すればよい。

むしろVRは、その直の能力を退化させてしまう

機具なのかもしれない。

 

ただ、強烈な体験をもたらしてはくれるだろう。

VRの最大のお得意さんは、AV業界だと思うが。

 

 

 

 


ハイテク縄文

 

縄文の後・晩期時代の土器。

ドングリ類のアク抜きに使うもの。

アクの混ざったお湯を、注ぎ口からザーッと流す。

上のふちが内へと湾曲しているので、

大事なドングリが外に出て行かないわけだ。

よくできている…。

そのホカホカくたくたになった実で、

縄文クッキーをつくったのかな。

 

縄文の暮らしを1カ月ぐらい体験してみたい。

そんなサークルないかな。

 


闘って勝ち取るイノチ

文京区民センターにて友人と
「憲法を考える映画の会」に参加。
アメリカ人監督パメラ・ヤテスのドキュメンタリー映画、
『グラニート 独裁者を追い詰めろ!』
『500年 権力者を裁くのは誰か』の2本を見る。
南米の小国グアテマラの国民が、
1980年代に虐殺のかぎりをつくした独裁者を
裁判にかけて有罪する過程を追う。
虐げられた側のインディオや市民が銃をとって立ち上がり、
権力者を追い詰めていく歴史的光景が
ドキュメンタリーとして移されているから圧巻だ。
スペインの侵略から500年後の偉業なのだ。
しかもヤテス監督が若き日に撮影した独裁者やその行動が、
裁判資料として使われることも描かれている。
映画は、グアテマラの歴史に織り込まれて、
ダイナミックにうねる。
独裁者は有罪となり、監獄へ放り込まれた。
しかし、権力者や大資本側は、依然として市民を苦しめる。
山の民インディオを追い出して、ダムをつくり
鉱山を開発しようとする。
一度権力を打倒した市民は粘り強い。
銃をスマホに持ち替え、独自のメディアを立ち上げ、
デモを組織し、権力側の事業に抵抗。
「闘う」ことは、まさにお家芸だ。
そのリーダーたちには若い女性もいる。
みんな命がけで、活動しているので、
腹が座っている。
市民は、自由、平等、権利をつかみとるのに、
血をたぎらせ、戦いと死を辞さない。
家族を非道に殺された怒りが、
その芯にメラメラ燃えている。
この闘い精神は、自分を含む日本の庶民にはないものだ。
グアテマラの市民の方が遥か先進的なデモクラットに
思えてくる。
一方、この猛々しさについていけないものも感じなくはない。
グアテマラの国旗について調べてみたら、
旗の中央はなんと交差する銃で、
戦いによって得た勝利のオリーブがそれを囲んでいる。
血みどろ戦いによる精神の独立は、
この国の人の骨がらみの伝統なわけだ。
ただ、政治がここまで混迷する原因は、
アメリカにあると、トークシェアで識者が言っていた。
自国に都合の良い政権を思うままに支援してきた。
市民を虐殺する政権であっても。
世界における覇権国アメリカの毒を、
日本のメディアは本当に指摘しない。
市民発の独立メディアが、
本当に必要となる時代であり、
それがどんどん誕生していくのだろう。

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