氷のコップ
喫茶店のアイスコーヒーに入っている氷は、
実によくできた形だ。
底の深い直方体のコップ状になっており、
そこに入り込んだアイスコーヒーを
ストローでちゅうちゅう吸えば、
直に氷に冷やされているので美味しい。
吸うほどに、外のアイスコーヒーを流し込めばよいので
冷たさが延々と楽しめる。
この氷は薄い壁なので溶けやすく、
しかも薄いことで量が少ないので、
必要以上にアイスコーヒーを薄めることはない。
飲む時間に即して溶けてくれるので、
濃い味を保ちながら最後まで飲みつくすことができる。
この氷のコップはたいてい5、6個入っているので、
氷同士と氷とグラスがぶつかり合う音も涼しい。
自分の飲み方は、一つの氷のコップで、
全部を飲み切ることだ。
シャーロット・ランプリングだけど…
東京芸術センター・シネマブルースタジオで、
フランソワ・オゾン監督の『まぼろし』(2001年)という
フランス映画を見る。
大女優のシャーロット・ランプリングの演技は素晴らしいけど、
文化的なギヤップがあり、なかなか感情移入できなかった。
ストーリーは、50代の妻(シャーロット)と60代の夫が、
別荘に車で向かうシーンから始まる。
仲睦まじい様子が描かれる。子はいない夫婦だ。
海水浴に行くと、夫が行方不明に。
シャーロットは海難事故かもしれないと察し、
レスキュー隊を呼んで探すも見つからず、警察に捜索願いを出す。
シャーロットは自宅に戻りつつも夫恋しさに、幻想の夫の姿をリアルに見る。
これが映画の題の「まぼろし」だ。
違和感があるのは、夫の捜索願い中に、
友人がシャーロットを心配してホームパーティを開き、
そこで彼女の新しい相手を推薦してやることだ。
ある50代の男が早速シャーロットに言い寄り、
シャーロットはそれを受け入れ、ベッドイン。
だが、夫を想い切れず煩悶し、男を邪険にする。
ただし、最愛の人の生死が分からないのに
ベッドインするのは、夫恋しさから、
またそれゆえの錯乱と説明できるが、日本人的感覚ではない。
そんな折、現地の警察署から、
夫らしき変死体を海で発見したとの連絡が、
シャーロットの元に。
だが彼女は、夫の死を認めたくないばかりに、
なかなか警察署に行かない。
その間、フィットネス事務に通い、男とベッドインしてと
生活を続けるが、さっさと警察署へ行けと思う。
ようやく死体を確認する段になって、
明らかな証拠があるのにも関わらず、
シャーロットは「夫」と認めない。
死体があまりにも腐敗していることもある。
ラストは、海岸に立つ幻の夫に向かって
シャーロットが駆け出すというもの。
ストーリーの過程で、シャーロットは、夫が自殺願望が
あったかもしれない可能性を知る。
となると、同じ屋根の下で暮らすシャーロットに原因が
ないわけではなくなる。
夫の母が、彼女にそれを指摘し、なじっているシーンもある。
すると、シャーロットの夫を幻に見るほどのけなげさが
怪しいものになってくる。
といって、映画はそれを掘り下げず、
きれいな描き方に終始する。
やはりこの映画は、実に中途半端だ。
赤いセーターの意味
学生時代に深夜テレビで見て衝撃を受け、
以来ずっと探していた映画が、
渋谷のシネマヴェーラでやっていて、見に行く。
アニエス・ヴァルダ監督『幸福(しあわせ)』だ。
1965年のフランス映画でヌーヴェルバーグの先駆けと
いわれる名作である。
彼女は「ヌーヴェルバーグの祖母」とも呼ばれている。
映画冒頭は、ひまわりのカットと公園の草原を歩く
ピンボケの親子。夫と幼い子どもは赤い服、
妻は黄色っぽいワンピース。
草原に映えて、「おや」と思うほど鮮明な色である。
ひまわりは一家の幸福、あるいは妻をシンボル化
しているのかもしれない。
ひまわりのカットは短く多く挿入され、
どこか不吉な感じがする。
シーンは、半分森の公園で寝そべる、
その夫婦と子どもの姿で始まっていく。
夫婦は若くいかにも幸せそうだ。
夫は叔父の工場で、木工をやる内装職人。
妻は可愛く従順で、洋裁の仕事を自宅でやる働き者。
一家は、日々、叔父一家、近隣の人、
仕事仲間と和気あいあいと集う。
すべてが充実している。
家の青い壁、清潔な家具、街中の明るい壁、トラックなど、
画面を飾る色がとても美しい。
すべてが「幸福」をつややかに表現している。
夫はそんな幸福の絶頂で、出張先の郵便局で働く女を見初め、
付き合うようになる。
女は相手に妻があると知りながら不倫関係に。
妻に気をつかいつつジェラシーを感じつつ。
しかし、彼女は決して悪女ではない。
夫は、自由な恋愛観を抱く女に夢中になりつつ、
「植物的」と女の前で例える妻を深く愛している。
彼は二人の女性の愛を得て、
自分も二人を愛していることに陶然とするのだ。
ああ、ぼくは本当に幸せだと。いいきなものである。
また恒例のビクニックで一家して
公園の木の下に寝そべっていると、
妻は「あなたは、最近なぜうれしそうなの」と問う。
夫は、「閉じられたリンゴの園の外には、
また別のリンゴのそ園がある。その園も、
栄えれば幸せが増える」と妙な比喩を言う。
賢い妻は、「好きな女の人ができたのね」と察する。
夫は正直に別の女と不倫していることを告白。
しかも「お前への愛は変わらない」となんのためらいもなく言う。
それは本当なのだ。だから、
妻はしおらしくも「あなたが幸せなら、それでいい」と答える。
夫は感激し、妻を激しくかきいだく。
まどろみから覚めると、妻は公園の池で入水自殺していた。
夫は悲嘆にくれるも、女の元へ行き、一緒に暮らすことを求める。
女は一日待てという。
ここで女は彼のもとを去り、男は悲嘆にくれる…と思いきや、
恐ろしい展開となる。
なんと女は男の元へ行き、亡き妻の子どものいる家庭に入っていく。
そして、男も女も、幸せになるのだ。
ラストのシーンは、黄色にそまる秋の山のピクニック。
子どもは映画冒頭の赤いセーターを着て、男と女は
明るい茶のセーターを着ている。
それは、個々の独立した男女として幸せなカップルに
なったことを象徴しているようだ。
子どもは、赤いセーターを着て、実は亡き母側にいる
ことを示している。
映画冒頭、夫である男が赤いセーターを着ていたのは、
妻の「子」であったという意味があるとにらんでいる。
日本の男はこのタイプが多い。
したがって、亡き妻の人生は、
新たなカップルの幸せに塗りつぶさ、葬り去られる。
「幸福」の礎には、悲劇、悲嘆、悲惨がある。
それに気づかぬ(あるいは、気づかぬふりをする)
タフな者が「幸福」になっていく…。
この映画は、ホラー映画なぞ問題にならないくらい
恐い映画なのだ。
メイクとは
浮世絵・歌麿の遊女の目を大きく描いてみた。
とたんに、銀座のホステスさんのようになる
(と、いっても行ったこともない縁遠い世界だが)。
浮世絵を見て思うのだが、遊女の顔はみんな同じで、
輪郭はうりざね、鼻がシュッと長く、目細、おちょぼ口。
当時の美人の基準であろうが、
そこらを歩いていた女の人に、素顔がこの型にあてはまる
ケースは稀ではなかったのではないか。
日本人のプロトタイプを推察すれば、
たいていお団子鼻で平べったい顔であるだろうからだ。
このモデル顔をイメージして、
当時の女性(遊女か裕福な人に限られるだろうが)は、
メイクに血道をあげていたのかもしれない。
女性がメイクの過程を示すユーチューブがある。
あれを見て、本当に驚いた(女性にとっては当たり前なのだろうが)。
細い目がみるみる大きくなっていくからだ。
このハイレベルのテクニックなら、
大きな目を細くみせることも難なくやれるだろう。
メイク、お化粧とは、
時代の理想顔に近づける「お絵描き術」とみた。
大食い貴公子
大食いの人は、
「えっ?!」と思うぐらい痩せている人が多い。
生物としてエネルギー効率が極端に悪いということだ。
だから、世が乏しい食料事情である場合、
おおいに恨まれる人であろう。
だが、大食いの人の大食いを見ることは、
不思議と楽しい。
先日見つけたユーチューブのある大食いシリーズを、
何度も再生してしまう。
まだ少年の面影を残す青年が、
名店に訪れ、すさまじい量の食い物を平らげていくという
単純なものだ。
そして彼も痩せている。
5キロ、6キロ、7キロ、8キロ、またそれ以上の、
ラーメン、ギョーザ、サーモン、天丼、肉の山盛りを、
たんたんと食べていく。
彼は、実に美味しそうに食べる。
かつて大食いのテレビ番組で選手たちが、
鼻水と汗をだらだら流して、
苦悶の表情を浮かべて食べるのとはまったく違う。
ワイルドでありながら、とても上品に食べる。
赤い唇をのびやかに開け、
最後まで意欲的にかぶりつき、すすり、
飽くことなく、集中力をきらすことなく
実に楽し気に食べる。
どんぶりが空っぽになって、いざ終わりかと思うと、
テーブルに落ちていた数粒のご飯粒を指でつまんで
口に入れた。
食物に対するリスペクトを感じるのだ。
だから、見ていて気持ちがいい。
これも才能なのだと思う。
貴重な才能はであれば、示された方は、
ありがたく受け入れ、楽しまねばなるまい。
下は、肉のかぶりつきである。
アニメ『はじめ人間ギャートル』で憧れた、
「マンモス肉」のかぶりつきを想う。
あぁ、この見事な食いっぷり!
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