深海の人
先日亡くなった大島渚監督の映画で記憶に残るのは、やはり『愛のコリーダ』。昭和初期の軍国主義暗い世相の中での物語。小雪がちらつく中、藤達也扮する男が着流し姿で、阿部定の待つ宿へ歩く。その時、若い軍人たちの整然とした列とすれ違う。このシーンがとても好きだ。時代に逆行しても、一人、いや二人か、愚かで己の道を行く、という様がかっこよく思えた。戦より愛欲の方が上だぜお兄さん、と言ってるようなやつれた肩に哀愁も。出たがりで理屈屋の大島監督が、自分のことを深海に這うアンコウのようなぞらえていたという報道を意外に感じたが、映画は暗闇の中で光を灯して成り立つ業だから、案外正当な感慨なのかもしれない。深く潜らないと、いい光は自ら出てこない。