降臨

 

縄文人9

気を引きしめる

 

歯治療ルポ44/抜歯後一週間、歯磨きはさぼり気味。にぶく痛む口内に、ブラシを入れること自体がおっくうになっていた。しかし、歯周病は待ってはくれない。診察時に、鏡で歯の裏を見せてもらったが、歯周病の腫れが少しぶり返していた。「歯磨き道」を歩む前よりは格段にきれいになってはいる、と言い訳は許されない。ここまで歯治療ルポを展開した以上、自分がきちんと治らないと、みどりの杜歯科クリニックの看板に傷がついてしまう。両肩に「責任」の2文字がズシリ。

ヨーグルトぬか漬け、試す

 

バラエティ番組を見ていたら、新山千春の「ヨーグルトぬか漬け」がスタジオで好評だった。それで試してみたが、味に迫力なし。ただし手軽で、都会的な感じはする。今二日目なので、あと何日か置いてみよう。本当のぬか漬けをしこんでもいいかも。ちなみに新山千春の似顔絵は悪戦苦闘わりに似てない。もう少し顎のラインを丸くした方がよかった。もう一つちなみに、最近夜、集中力が切れ、ついテレビを見てしまう。しかし意外と新知識を得られたり、出演者の掛け合いに感心したり、実話の再現ドラマに涙したりする。テレビ番組制作の現場の人のアイデアと労力に敬意。

山を所有する理由

 

3/同工務店の河合孝社長は、林業の現状を世に問い、かつ支援するために黒羽の山を購入。その山で、建て主自身が、自分の家の大黒柱となる木を伐採し、植林するイベントを実施している。地元の森林組合も協力。
 安い外材が住宅産業の主流となり、国産材は使われなくなった。一方で、日本の人工林は荒れていく。特に「間伐」という手入れが滞っている。一部の木々を切ることで、木の込み具合を防ぐことだ。河合社長の山は間伐され、木が立派。しかし隣の山はそれが行われず、絵のように。今の日本の山の典型的な姿。

疲れ切った日本の山

 

2/山の過酷な現実は、バスを降りて徒歩10分ほどで目前に。ここは「芭蕉の里」といわれる黒羽(栃木県大田原市)。案内役の森林組合の人が、山の入口で、参加者約70名の足を止める。「この枝打ち機を修理する会社自体が、もうありません。現在、林業全体が疲弊しています。木の値段が下がり、切り出しても利益が出ないのです」。
 河合工務店主催のツアーは、日本の山の実態を見てほしいと、建て主や一般市民に呼び掛けたもの。私は、建築家の辻垣正彦さんに誘われ、雑誌の取材として参加する。

では、幕を上げます…

 

はじめに

 

1/私はライターの上田隆と申します。先日、東京都中野区を拠点とする河合工務店の仕事を絵と文でつづった冊子を制作しました。上はその表紙 (デザイン=イマジンクリエイション・伊豆田昌功)です。
 河合工務店は、3つの柱があります。日本の山の木を使うこと。化学建材を避けること。伝統の技でつくること。この柱を徹底的に追求して、本当に心地よい健康に配慮した住まいを日々つくられています。そこに惹かれ、1年かけて取材させていただき、「絵によるドキュメンタリー映画」のつもりでまとめました。
 同工務店の河合孝前社長とは、「パプアニューギニアとソロモン諸島の森を守る会」がご縁で知り合いました。河合前社長も私と同じく、熱帯の原生林伐採に反対する村に滞在するツアーに参加されています。熱帯材の合板使用に異議をとなえておられ、自然を破壊する森林伐採の現状をこの目で確かめられたとのこと。社会への主張と家づくりの仕事がつながっている河合工務店の魅力をここに描きこみました。
 冊子は2012年4月13日、目黒雅叙園にて開催された、「三十年感謝の集い」にて配布。同日に三代目の河合稔さんが新社長に就任されました。それゆえ、このブログで披露する冊子の内容(全93枚)を、同社の歴史書であるとともに、未来の宣言書として読んでいただければと思います。
  

野田首相「安全運転」の旗

 

野田ウォッチ1/9月26日付の新聞にて、「野田首相が就任直後、政権運営について上の3原則を  側近議員らに指示していた」とあった。前政権の轍を踏まないということだ。思えば鳩山・菅政権は本当にスッチャカメッチャカだった。いきなり派手な政策をぶち上げ、野党や官僚を敵に回し、外交はグチャグチャになり、しまいには与党内が分裂して立ちいかなくなった。だから野田首相の「安全運転宣言」は新鮮に思え、国民はとりあえずホッとする。国連での外交デビューでも、「地味で控え目だけど素敵な日本首相」とメディアは報じている。ただ安全運転すぎて、既定路線を直進するのではと少し心配。自民党と変わらず、人間関係の根回し政治に戻っては何のための政権交代か分からない。いや、どんな政権も結局ここに落ち着くのか。野田ウォッチングは、今後も続く…。

ヒュンヒュンッ!

 

縄文人8

昭和30年代をいきいき走る電車たち



榊原記念病院の長山先生より、患者のお一人として中間さんを紹介いただく。同病院を設計した元日本設計の建築家!で、退職後は「電車イラストレーター」をされているとのこと。その絵に興味を持ち、昨日9/23にご自宅にうかがう。実際の絵は、非常にリアルなもの。また建築家らしい正確さで緊密な画面構成がなされている。地形や方角、光線も配慮。なおかつ情感あふれるのは、中間さんが実際身をおいた昭和30年代の記憶の風景を再構成しているからだろう。絵の電車はまるで本当に外気に触れいてるように瑞々しい。変転する天空の下や鉄橋、トンネルを走り抜ける際の"動き"が伝わってくる。例えば線路のカーブのわずかな傾斜にそって車体も傾いている。背景も見どころ。洗濯物を干す家並み、田畑がほのぼのと広がれば、高架が複雑に交差していたりする。歴史のうねりがさりげなく描きこまれてもいる。終戦直後の進駐軍のロゴを刻んだ車体や、背景の建設途上の東京タワー、まるっこい車のボディなど。自費出版で『緑の電車 井の頭線・浜田山物語』を刊行。浜田山は作者が生まれ育ち現在も暮らす地で、1400型は初めて乗車した電車。心の中で、魅惑の電車たちが、生きて、走り続けている。


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