「カリッ、ジュワッ」の法則

 

哲学?/なぜ「カリッ→ジュワッ」は、うまく感じるのだろうか、何か法則があるのではと考えてみた。最初のカリッで舌が「軽いものなのだ」と思いこんだのに、意外や「ジュワッ」とジューシーな重いものが来た。その裏切りとギャップの新鮮さが「美味しい」という感覚を生み出す。いや、ギャップだけなのか。「軽、乾」のカリッ、「重、濡」のジュワッと性質の違う両者を、入れ替えた順序で味わったら、何か変わるかもしれない。法則を求めるなら、この性質だけを取り出して、別のモノ、例えば人に当てはめればどうか。と、上の実験をやってみた。でも、カリッを恣意的に悪なるものにしていることに気がつく。その方がマンガ的に面白いからだ。さらに「カリッ→ジュワッ」の法則を快・不快、善悪の概念につなげようとする自分の強引さを認識してしまい、「哲学」Δ惑砲燭鵑靴討靴泙辰拭それも哲学か。ただのマンガにしときゃよかった。ということで朝から頭が痛くなる。

コメント
この記事すごいなっとく!
そういや・・ジュワー→カリでおいしいものってないですよね?もし発見したら教えてください!!・・外がふやけていて中が乾燥してるって描くだけでまずそうな・・。
  • マナル
  • 2011/08/02 10:32 PM
おお、この記事にコメントいただき、嬉しいです。考えると、ジワッ→カリッの食べ物、思いつかないですね。実際にはカリッを含むジュワッを食べた時、口の中がジュワだらけになってカリッもジュワッとこだまぜになる。これではギャップができない。だからどうとない味になるのではないか。
  • 旅人
  • 2011/08/03 6:51 AM
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