神の戯れ

 

ルイス・ブニュエル監督の『皆殺しの天使』を

DVDで借りて見る。

 

筋はシンプルでシュール。

ある富豪の夫婦が自宅に、着飾った紳士淑女を招き、

晩さん会を行う。

金持ち同士なので、豪勢なものである。

しかし、その20数名の一同は、

なぜか部屋から出れなくなってしまう。

柵や壁が現れたわけもなく、向こうへいけないのだ。

一方で、外側からも入れず、

警察やマスコミが館を取り囲む。

 

日が立つほどに、すさまじいことになっていく。

室内に捕らわれた人たちが持つ本姓がむき出しになり

批難中傷、嫉妬、罵詈雑言、憎しみ、怒り、痴愚、姦淫など

あらゆる悪徳が噴出。

食料は底をつき、飢えがピークになったとき、

なんと羊数匹がぞろぞろ室内に飛び込んでくれる。

もちろん彼らは、バーベキューにされる。

 

いらいらが募り、はたや殺し合いになろうとしたとき、

突如として「結界」らしきものが消え、

人々は外に出ることができる。

あのきらびやかな装いはなく、

みな原始の人のように汚れている。

 

ラスト、その人たちの姿が大聖堂のミサにある。

聖堂内は何百人もいる。

ミサが終わり、牧師が外に出ようとすると、外に出られない。

はたして信者も同じ。

あの同じ悪夢が、同じ人とキリスト信者の上に

起こったことになる。

ここでブニュエルは、その御業をなしたのは、

「神である」と特定したわけだ。

 

「人間に自由はない。

なぜなら神の、できそこないの造作物にすぎないから」。

そう言い放ってベェと舌を出しているブニュエルが、

FINのマークの下に潜んで見える。

 

この映画のタイトルは『皆殺しの天使』で、

原題の直訳もそうらしい。

むしろ内容的には、「神の戯れ」とでもした方がよいと思う。

だが、「人とは、互いに皆殺しにし合う資質を持った『(堕)天使』」だ

とタイトル通りに定義して、映画を見れば、

より凄惨な感じがする。

ブニュエルとは、ほとほと不逞の輩。


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