スター、安藤昌益

 

芸術漫遊。友人と、北千住のシアター1010ミニシアターにて、

平石耕一監督の演劇『自り伝 其之四 讃岐編』を観劇。

其之一からずっと見ている安藤昌益のドラマだ。

 

昌益は、江戸時代中期の思想家で、

あの封建社会のど真ん中で、「すべての人は平等」と

唱えた人。

 

その反体制の過激思想のため、昌益夫婦とその支持者一行は

幕府の隠密に命を狙われ、全国をさまよっている。

今回は讃岐にたどり着き、若き平賀源内と出会うことに。

 

藩主に重宝される源内の立場は、

当時最先端の科学主義者である。

飢饉によって養えぬ赤子を殺める薬草をつくり、

それを江戸の公事宿で産婆のお民へ密かにまわしていた。

母親が自らの手で殺め、心を痛めることのないようにするためである。

源内もお民も、それを「必要悪」として実行。

 

昌益は、これをいさめる。

源内とお民の必要悪は、「悪」をむしろ助けてしまっていると。

昌益は、問いをさかのぼり、飢饉の原因は天災であり、

天災の原因は、民を搾取する幕藩体制そのもと説く。

「悪」の大本は、「幕藩体制」なのである。

「自り伝」を見ていれば、昌益のおはこのロジックと分かる。

しかし、当時の価値基準に組み込まれている

源内とお民にとっては驚天動地の考え方だ。

 

科学は、目の前の事象を分析し、法則を見出し、

この世で役に立つことに用いる学である。

悪の根を見定めなければ、

科学は悪を補強する道具になりかねない。

 

源内とお民も、昌益により、大元の「悪」に開眼する。

よって源内は、科学的知見を正しく使い、

農民たちとともにイナゴ退治をやりきった。

ただお民はもっと事情が複雑かもしれない。

幕藩体制が崩れようとも

生まれた赤子をあの世に送る薬を調合しつづけるだろう。

命を前に働く者は、合理的な解ですべてを解決できないだろうから。

そして、昌益はお民をわ自然に反すると糾弾するだろう。

 

昌益は、原理主義者である。

それゆえ、正しくても世には受け入れられない。

だから彼は、放浪し続けなければならない。

しかし、原理は存在する。

それを星のように輝かせ続ける人は必要なのである。

悪を認識できれば、進むべき方向性は

少なくとも分かる。

 

 

 


スポンサーサイト


コメント
コメントする








   

このサイト内を検索

sponsored links

携帯ページ

qrcode