聖なる劇

 

アレハンドロ・ホドロスキーの『サンタサングレ』を

早稲田松竹で見る。

 

これは母ものだが、母性の邪悪な面をよくとらえている。

サーカス団員で美女の母が、

浮気していた団長の父と団員の女に塩酸をぶっかけ復讐する。

怒った父は、母の両腕を切り落とし、自らは自殺した。

主人公の息子はそのショックで気が狂い、

精神病院に入れられ、施設内で成人。

しかし、母に呼び出されて病院から抜け出す。

以降、母の背後に回り、自身の両腕を貸し、

手の踊りを披露する演者として成功する。

異様なのは、日常生活でも、母の手となりきり、

髪をとかしたり、食事をしたり、編み物したり!

 

困ったのは、美男の息子が、女性に恋をするだびに、

母が殺せと命令してくること。

息子はどうあらがっても、それにさからえず、

煩悶しつつ相手を殺害。

ナイフで血の雨を降らすのは、息子自身の手である。

そして死体は、庭に穴を掘って埋める。

 

荒唐無稽な話だが、多くの男性は、これと似たような

夢を体験をするのではないだろうか。

ある女性に深くかかわろうとすると、

夢の中で母親が出てきて邪魔をする…といった。

母の愛情がエゴの愛情に転じると、

息子はそこに飲み込まれ、自立できなくなる。

手という「自由」を母の意志で拘束されてしまうのだ。

子の自由を粉砕する教育ママは、そこらにいる。

 

映画ではラスト、母は悪霊で、彼女自身は

すでに父とともに死んでいたことが判明する。

息子を悪霊から開放したのは、

サーカス時代の幼馴染で初恋の女性だった。

 

だが時は遅し。

息子と恋人は、銃を手にした警察に取り囲まれてしまう。

それでも悪霊は消え、「自由」を取り戻した息子は

歓喜しているが、

社会的には単なる殺人鬼という立場に

はまり込んだわけだ。

映画はここで聖なる劇から、

ブラックコメディに激変して終わる。

ここがつまらない。

新聞の三面記事とは、

聖なる劇の、俗なる痕跡のようなものなのかもしれない。

 

 

 


スポンサーサイト


コメント
コメントする








   

このサイト内を検索

sponsored links

携帯ページ

qrcode