仮想戦争体験

 

北千住のシアター1010にて

『戦争と日本人』をテーマとした演劇2本を

友人と観劇する。

 

一本目は、平石耕一事務所の「平成のほほ笑み」。

コメディだが、複層的な構造の作品だ。

 

冒頭のシーンはシリアスである。

平成31年5月3日、爆撃を受け、

主人公の孝実は瀕死の重症を負って、弟や妹は爆死。

「5月3日」は、雲仙普賢岳の火砕流で亡くなった

両親の記念日としての副島家一同が集まる日だった。

 

ここで「戦争」と「自然災害」というイメージがクロスする。

思えば平成は、国内外を見渡せば、

戦争と自然災害のオンパレードな時代だった。

孝実は、その被災者たちの痛みの体現してしまう。

 

が、それは夢だった。

そもそも平成31年は、30年に改元されるので存在しない。

ただ、覚めてもまた平成31年5月3日で、

孝実も、弟・妹たちも五体満足でピンピンし、

各々長年の夢が実現していくハッピーな時を過ごす。

孝実は家庭自家発電機を発明して億万長者の夢が目前に迫り、

弟、妹たちは、目指していた劇作家、小説家、モデルの世界で

成功の第一歩を踏み出す。

年齢は設定からいうと40代50代だから、

その悲哀感がリアルに分かって少々つらいが…。

 

これも夢で、孝実はやっと

平成30年5月3日に目を覚まして、現実世界に戻ってくる。

すると相変わらず、

夢叶わない夢追い人の主人公と弟・妹たちがそこにいる。

彼らは自分たちを決して「不幸」だとしない。

そこで孝実は、何かを目指して生きていることが

「幸せ」なのだということをしみじみ実感するのである。

この確信の背景には、夢の中の過酷な戦争体験と、

そこから解放された幸福体験がある。

 

だから、ラストの孝実の宣言が重みをおびてくる。

弟・妹たちを前に、

「もし家庭自家発電機を発明したら、

インターネットで公開して、万人のものにする」と言う。

莫大なエネルギー利権、特に原発への痛烈な皮肉がこめられている。

それにもまして、

個人が、人や社会へ心を開き、信頼感を発信することが

ましな世界、少なくとも戦争は

排除できる世界になるのではないかと

劇は伝えているのか。

 

我々は今、「仮想の戦争体験」が必要なのかもしれない。

 

 

 


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