「芸能人」の役割

 

この頃、とみに芸能人の不祥事報道が喧しい。

ご意見番がポコポコ何か言えば、

ありとあらゆる角度で、あらゆる言説がまた報道される。

これらの意見は、基本的に「自分」を棚に上げた

「非難」であるゆえ、やかましいだけで何の価値もない。

「意見」ですらない。

 

ただ、芸能人とは、

個人的不祥事を起こして非難されるとき、

最も世に必要とされる人物になるのではないかと思う。

その役割は、「慰み者」である。

人は他人の非をあげつらって優越感にひたることが大好きだ。

芸能人は魅惑的な雲の上の存在である分、

引きずり降ろし、叩きのめす快楽が大きくなる。

光り輝くものが、泥にまみれるほど陰惨なことはない。

だから舌なめずりされる。

しかも権力を持たないので、叩きのめしても

危害を加えられることもない。

そもそも他人なのだから、遠慮もいらない。

気楽なものだ。

 

世の人にとって、芸能人とは、距離感を一方的に調整できる

「疑似知人」「仮想親戚」である。

彼らは、闇を隠したい存在にとっては、

便利な避雷針だ。

世の真の関心や批判、分析の目をそらしてくれる

かっこうの標的である。

「闇」とは、権力や利益団体などの外の世界に巣食う

ものに限らない。

自分のうちに潜む後ろ暗いもの、「悪心」でもある。

 

芸能人は実にありがたい存在だ。

「スケープゴード」という芸が、

忌まわしい闇から目をそらさせてくれる。

その代償に、もっとひどい闇に食われてしまうのだが…。

 

 


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