「被災」を語る

 

友人と、なかの芸能小劇場にて

神田香織の講談を聞く。

演目は、3.11の被災者を題材とした『福島の祈り』。

創作講談である。

 

副タイトルの「ある母子 避難の声」が

主軸のストーリーだ。

被災地・福島から東京に避難したお母さんの声が

生々しい。

手持ちの線量計で計れば、

東京のそこここも放射能被ばくしており、

子どもを外に出せない。

周囲も夫も、そこまでせずとも…との浮き上がってしまう。

 

追い詰められた母は、被災地の実家を訪ね、

被災地で実際に何があったか見つめることに。

 

その話がすさまじい。

元消防士の人が語る、津波で死んだ人たちの姿が

むごたらしい。

髪の毛一本まだ砂まみれだったという。

そして、高濃度の放射能に被ばくしているので、

葬れず、死体の山を朽ちるままに放置していたという。

 

これは現代のことなのかと思う。

この情報社会にあって、被災地の真相のコアのところは、

伝えられていない。

 

放射能被ばくというのは、

何か深い次元から人、命を汚す。

 

講談師・神田香織は、文献を調べ、現地に取材し、

ドラマ化し、自ら語る。

「講談師、見てきたように語る」を超えて、

「見たことを語る」。

それは心眼で「見たこと」を語るから、

本当の語りなのだ。

 

神田香織のデビューは、なんと広島原爆を描いた

『はだしのゲン』である。女講談師にして創作講談、

しかもテーマが「原爆」ということで一躍有名に。

創作落語では、『チェルノブイリの祈り』もある。

そして、この『福島の祈り』。

驚くべきは、この人の出身地は、福島県いわき市である。

「原爆」「放射能」被災の語り部として、

天が神田香織を選んだと思えてくる。

 


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