『花筐』の花曼荼羅

 

先週、渋谷のユーロスペースで

大林宣彦監督の『花筐』を見る。

メジャー老監督の、あまりにも奔放な前衛映画だ。

檀一夫の若書きの小説を映画化したもので、

舞台は昭和11年の唐津。

 

冒頭シーンからガンガン飛ばしている。

桜吹雪舞う教室で、癖ある教師が

英語を教え、異形の主要人物が登場。

チェロ伴奏のバッハのプレリュードが

延々と鳴り響く(ラストまで)。

映像は極彩色で、あくどいほどの象徴主義を

ほどこし、もう確信犯的。

 

筋は、結核で死ぬ運命にある美少女・美那を

めぐる恋愛心理劇といったらよいか。

映画は、彼女を中心とする「花曼荼羅」といっていい。

囲む男たちに「真」「善」「美」のワードを

後で与えてみると、その葛藤がより面白く見れる。

「知」「情」「意」のぶつかり合いとしてもいい。

 

美奈の叔母・圭子役の常盤貴子が特にいろっぽかった。

彼女は、「美」と美奈を引き込み、濃厚なエロスを

発する。

主要な女性はあと二人いるが、彼女たちをふくめ、

人物たちの動きが「花曼荼羅」を展開していく。

 

時代は太平洋戦争前夜、

若い男たちが次々戦地に引き込まれ、

世界そのものがドドーッ「死」に向かっている。

「花の曼荼羅」は、当時日本を支配した「国体」に

徹底抗戦している。

敵性言語の英語、キリスト、パーティ、

アムステルダム(市民社会)のワードが飛び交う

密度濃い「アンチ国体」の世界である。

「真」と「美」の青年は、

血を吐いてまさに死にゆかんとする美那と

運命を共にして

冬の海にそれぞれ飛びこんで自殺。

その日は、12月8日の真珠湾開戦の日というオチがつく。

 

徹底してお人よしで「真」と「美」の

親友だった「善」は、唯一生き残って、

70年後、爺さんとなり登場。

海辺にある美那の墓をかき抱き、

「無念!」と慟哭する。

墓碑銘から彼女の血がしたたる。

そこは月に照らされた美那を本当に

美しいと思った場所だ。

そして「善」の翁は、

「戦争は絶対あってはならぬ」と呻く。

 

実は、この映画は反戦映画なのである。

「花曼荼羅」の恋宇宙で命を捨てた青年たちは、

戦地に赴いてもいない。

国体が迫る「死」から、まんまと個人の「死」に

逃亡した反逆者である。

しかし、映画は彼らを「犠牲者」と

言ってのける。

 

大テーマをかかげつつ、

大林監督が一番表現したかったのは、

「生」と「死」のワルツから生じる

色鮮やかで強烈な香り発する

「エロス」だとにらむ。

大監督とは、とことん老獪なはずだから。

 

 

 


スポンサーサイト


コメント
コメントする








   

このサイト内を検索

sponsored links

携帯ページ

qrcode