「自分」って誰だ?!

 

『老子・荘子』を読書中。

漢文をすっとばして、現代語訳で読んでいる。

 

上は有名な「胡蝶の夢」。

人生も夢も同じだという話である。

夢の中の自分は、覚めてからの自分と違うようで

また同じようだとも言える。

そもそもこの二つの世界は

つかず離れず影響し合っているからだ。

つまり同根なのだ。

一緒の出どころから二つの違った世界が、

双葉のようにひょっこり現れている

と考えてもよい。

 

同根の大本のところを、

老子は「道」、荘子は「万物斉同」と言う。

そこから出てきた

貧乏人も富者も、不幸も幸も、無名も有名も、

結局は同じ出どころのもので、同じもの。

だからこだわる値しない。

ましてや生や死も同じ。

よってすべてのことに心を煩わせるのは

愚であると言う。

 

そう思えば気楽なものだが、

目の前にあるものは、煩悩を大いにかきたてるものばかり。

老子・荘子のぶっとんだ思想は、

しつこく熱い情念を冷ますには、

良い清涼剤である。

 

ただ、老子・荘子の心持ちになるのは

常人にはなかなか難しい。

しかし、「こういうことかなぁ」と感じるための

瞑想法がある。

巨大化した太陽が地球を飲み込む日が、

絶対、必ずあるということを思い浮かべることだ。

人間の痕跡が、きれいさっぱり消えてしまうさまは、

実にさっぱりする。

 

「永遠」を想えば、

老子・荘子は、

すぐにふところにやって来る。

 


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