「火星移住」考

 

最近、仕事で、宇宙に携わる人に話を聞いてから、

「宇宙」づいている。

 

火星移住について考えたくて、

レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を改めて読む。

やっぱり、名作である。

SFは善悪ドンパチものが多いが、

この本は詩情あふれた哲学的文学で、

火星に移住する、むしろ人間側の「悪」を描いている。

 

出版されたのは1950年。

舞台は1999年から2026年の火星を描いた

未来小説である。

26編のオムニバス短編で話は展開される。

 

地球人が火星に入植した際、

持ち込んだ「はしか」によって火星人は滅びてしまう。

それから万人単位で地球人がやって来て、

街をつくり産業を起こす。

まるで西部開拓のようなのは、ブラッドベリが

アメリカ人だからかもしれない。

火星人が、インディアンとだぶる。

そして地球に核戦争が勃発して、

なぜか地球人は地球へ引き上げていく。

地球人は数人となり、

滅びに向かう滑稽で悲しい物語が数編。

ラストは地球からやってきた一家族が、

自ら「火星人」になることを決意するシーンで

物語は終わる。

 

アメリカが2030年代に、

火星への有人探査することを宣言している。

実は、火星移住は、もう実現の手前なのだ。

しかし、ブラッドベリの小説を読むと、

人間や社会の問題をよく解決してからでないと、

火星移住はしてはならない気もしてくる。

人間悪を、宇宙にまき散らすだけではないかと。

また、人はどこへ行こうと、

自分の「地獄」を一緒に連れまわすけで、

「希望の地」はないのだと。

ただ、「希望の地」をつくり出そうという意志の

持続こそ、人が生きられるよすがであるのではないか

とも思える。

 

火星移住というとほうもない

ロマンへの事業熱にとても共感できる自分もいる。

「探検」という未知へ挑むことこそ、

ワクワクすることはない

…というのも人間のサガで、

地獄を宇宙にまき散らす行為は、

きっと確実に実現する…。


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