アインシュタインの宗教

 

名言集1/ずっと心にこだましている名言を紹介。第一弾は、物理学者アルバート・アインシュタインから(『人類知抄 百家言』中村雄二郎著より)。哲学者の中村は本の中で、「科学者アインシュタインは、擬人的な神の概念や、それに基づく宗教を断じて認めなかった。しかし『宇宙的宗教性』のうちに宗教性の真髄を見ていた。その上で、彼は、『私は宗教的な人間に属する』と言い切っている」と論じている。自分にとっては、宗教的な心性に対して、一番しっくりくる考え方だ。この世に存在するすべてこそ不思議なものはない。なぜDNAはあんな見事なつくりなのか、なぜ生き物は生きているのか。真摯な科学者であれば、その謎を追えば追うほど、圧倒的な神秘を感じるはずである。「説明」できる枠以外をいっさい切り捨て無視する学者や人は、傲慢で、とってもつまらない。

ハンナ・アーレントの夢想の煙



名言集2/ハンナ・アーレントの『暴力について』(みすず書房)より。彼女は、ドイツ系ユダヤ人で、ナチスに迫害を受け、アメリカに亡命した政治思想家。『全体主義の起源』では、「ナチス」という現象を歴史的に分析してみせた。ヒトラーをイメージして何となく権力=暴力と思っていたので、アーレントの「権力は、人々が認めないと派生しない」という考えは新鮮だった。テレビはそのとてつもない伝達力で、ある個人を万人に認知させ、権力の萌芽をつくり出す装置だなとつくづく思う。権力が破たんすると、暴力が飛び出してくるのは、最近のイスラム圏での政権崩壊でもあったこと。アーレントは暴力の形を明晰に描く。個々人の暴力の連鎖で、暴力の大いなる有機的組織が形成される。一つの全体となった集団の暴力は、「死」へ陶酔していき、死に近いほど自分たちの生命力が強化されていくように錯覚していく。そして個々人の間断なき死によって「不死なる生命」が湧きあがるように思う…。権力が暴力に移行してしまわないためにも、真に正当なる権力が社会に必要、ということか。ではその方法とは? 真に正当な社会の姿とは? 明日は、ガンジーの過激な言葉を。

ガンジーの危険な平和思想

 

名言集3/『ガンジーの危険な平和憲法案』C・ダグラス・スミス著(集英社新書)より。インド建国の父マハトマ・ガンジー。非暴力運動でインド国民を導き、植民地支配するイギリスを追いだしてしまった偉人。しかし、その後、中央集権の近代国家をつくろうとするネルーら側近と対立する。上のガンジーの思想は、恐ろしい時代錯誤とされ、顧みられなかった。この本の著者スミスは、村を「市民」に置き換えれば、21世紀型社会への大きな原理になりうるとする。ある人が、国家を否定するカンジーに問う。「強大な権力者が戦争をしかけ支配してきた歴史をどう考えるのか?」。その答えは、「あなたは日常の歴史を見ていない。暴力のない日常が大部分の歴史。社会が変化していくのは中身からであって、暴力という外因的な力ではない」。個々人が自分の考えを持ち、自立して社会に参画することこそ社会は内から変わるということか。「空気」に容易に支配され、メダカの集団のようにあっち向き、こっち向き極端に走る日本の雰囲気こそ、危険に思える。

高須院長の劇的キラキラ顔

 

名言集4/『脳の欲望 死なない身体』野村進著(講談社+α文庫)より。著書の野村は、学歴もコネもない貧しい青年が、「上層の家族と姻戚を結び、のし上がるために、美容整形をその手段にした」と語るエピソードを紹介。「美容整形には、階級社会の"正道"を無視し階段を一気に飛び越そうとする、裏口入学的な側面がある」と論じ、上の高須クリニック院長の高須の言葉を記す。「階級闘争」は葬り去られた言葉に見えるが、階層化する今後の社会にリアルに蘇ってくるのだろう。整形した人の顔は、若さ、美しさに満ち、何か自信に満ちて輝いている。これもありかなと思う。誰だって美形の異性は大好きだし、自分も二枚目なら、資産家の美女にも好かれて世の中楽しかろうと思う。しかし、これからも整形はしないだろうし、人に勧めもしないだろう。整形顔にただようどこか妙な空虚さに抵抗感をぬぐいきれないからだ。高須院長の、ビフォーのイモっぽいおっさん顔の方が、アフターより優しげで味がある。

広告会社の深謀

 

名言集5/『日本のゴミ 豊かさの中でモノたちは』佐野眞一著(ちくま文庫)より。某広告代理店のスローガン「広告戦略十訓」。バブル経済が登場する20年も前の1979年代はじめに打ち出されたという。上に続くのはさ╂瓩鯔困譴気擦蹇ヂり物をさせろ。Ε灰鵐咼福璽箸濃箸錣擦蹇Дッカケを投じろ。流行遅れにさせろ。気安く買わせろ。混乱をつくりだせ。佐野曰く「舌を巻きたくなるようなできばえ」。広告コピーは、今もこの十訓に沿って日々発信されている。消費をあおり、膨大な物資を浪費し、ゴミを出しまくる社会へと導いてくれている。「環境」というキーワードも,鉢Г諒兪佞砲垢ない。「環境にやさしい」商品が売り出せるから。

毎日生まれ続けている「私」

 

名言集6/生物学者・福岡伸一の『動的平衡』(木楽舎)より。上の言葉の続きは、「…生命とはそのバランスの上に成り立つ『効果』であるからだ」。改めて自分なりにイメージしてみよう。生命とは、外から取り入れた食べ物などのエネルギーによる化学変化の中で、ある細胞は死に、その分新たな細胞がわいてくる。一個の生命体である「私」は、同じ顔をしつつも、日々微妙に変わりながら、少しずつ生まれ続けている。我々は、生命エネルギーの流れを、生体の管の中に通して「生きている」ともいえる。そのダイナミック(動的)な流れのインプットとアウトプットをバランス(平衡)させている図を、上に描いてみた。生体は、外の生命エネルギーとつながっており、開放系である。それゆえ、福岡は、「個体というのは本質的には利他的なあり方なのである」と説く。私は、将来大金持ちになったら、「ドキュメンタリー映画基金」をつくって、世に良質な映像文化を発して、利他業に励もうと考えている。

怪異な妖怪、水木しげる

 

名言集7/テレビ番組での一こま。水木しげるこその凄みある言葉。ラバウルの激戦地を兵士として生き残り帰還。片手を失いつつも、極貧の中、漫画を描き続け、ヒットメーカーに。その漫画は戦争悪や人間の闇を不気味にえぐる。妖気漂う点描のタッチは、独特すぎて未だ後継者なし。私は、特に彼の『劇画 ヒットラー』を愛読。虚ろな青年が、ちょび髭の独裁者になって、目を吊り上げていく過程にゾクゾク。絶対孤独な男の哀愁と狂気があますことなく表現されている。水木しげるは、今年で90歳。今もガリガリ君アイスをかじり、ヒレカツをほうばる食欲は驚異的だ。実にふてぶてしい生命力である。軍国主義にも、政治の季節のイデオロギーにも、バブルの虚構にも、まるっきり染まらなかったのは、本当の妖怪だから。

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