スタート

 

駅への道程1/安マションの自宅から、最寄りの駅まで約800mほど。歩いて10分か。これからそこまでの道程を「旅」する。いったいどんな発見があるのか! この超短距離の「旅行記」は、成功するや否や!? まずは、静かにドアを締め、鍵を。でも、忘れ物に気づいてまた鍵を開け、中に。そしてまた鍵を閉め、出発…と思ったが、また忘れ物…。…乞う期待!! 約10枚ほど。

颯爽と、階段

 

駅への道程2/エレベーターのない4階マンション。したがって、階段を降りる。踊り場の壁に「禁煙」の貼り紙。今まで、ここでタバコを吸う肩身の狭そうな人は見かけなかったが。手すりの向こうは貯水槽。そこから反射する光が、壁の影をゆらめかせている。中庭の木々の緑には、まだ茶色が混じる。空気がどことなく青い。指が冷たい。

隙間道

 

駅への道程3/家を出てすぐ。この路地を通ると、100mは近道に。左の「犬のフン…」の貼り紙には建て主の不機嫌が伝わってくる。ゴミゴミしてるからフンされてしまう気もするが。それにしても住宅密集地とは、狭い空に電線が錯綜している。こうしたゴチャゴチャ感が好きだ。幼稚園児の時、先生が「あなたが登校する道を描け」というので、塀の割れ目とか、神社の柵の間とか、実際に通る近道をこまごま真っ黒にかきこんだ。でも先生、「こんなんじゃなくっ!」と、サシを使って大通りをビューッと描きなおしてしまい、びっくり。子供心に「分かっちゃないよなぁ…」と嘆いたっけ。「隙間道こそ真なり」って、今だったら言ってやったろうに。

ぬれた大道、雨

 

駅への道程4/駅までの最大の大道。4車線を行きかう車たちが、ズーンズーンと路面を走る。排気ガスをあびる信号待ち。横断歩道の白線が、雨にぬれて黒味を帯びるアスファルトに浮き立つ。ひび割れや、禿げたペンキ。毎日、そして今も踏まれ続けるその模様が、どことなくうら寂しい。

閉ざされた窓

 

駅への道程5/冷たい雨に濡れる傘の向こう。黄色い枠が変に鮮やかだが、どこかぼんやりこもった感じのビル。窓という窓が、室内の物で埋まってる。段ボールや書類や古びたカーテンや。この世に溌剌と現れたが、疲れて閉じこもってしまった心、のよう。電線が、細胞に養分を送るように、建物群をぐるぐると巻く。

私小説的湿気



駅への道程7/UAが歌う井上揚水の「傘がない」を聴いていると、思わず空を赤く塗ってしまう。都会で自殺する若者が増えても、テレビで我が国の問題を誰かが深刻にしゃべっても、問題は今日の雨、傘がないこと。そして私は雨に濡れ、想う君に会いに行く…。どこまでも自分の内にのめっていく心情が、上の水分たっぷりの風景につながっていく。以前の仕事で、建築家の颯爽としたガラス貼りの建築を散々見たが、結局惹かれてしまうのはこんな安アパート。嘘がないからだ。人が口にするかっこいい言葉や社会的メッセージも、じめじめした私生活の心情から出発していることを忘れると、空虚。では、UAの憂鬱でさびのきいた歌声を。

http://www.youtube.com/watch?v=EBWqAyWWbe4


街中の悠久時間

 

駅への道程8/地主さんの家だろうか。柵には、「地震などの災害の際は、中央公園へ避難を」という町内会のお知らせが貼ってある。ここを通る時、思わず見上げるのは、歩道にも張り出した大木。湿った森の香りがする。真横の道路から発する車の排気ガスも寄せ付けない。樹齢100年以上はあるのか。この木の目で眺めれば、前をとぼとぼ歩く人間、いや街自体が早回しの映像のように見えるかもしれない。忙しく奇妙な形に変転しては、どこかに消えていく濁流のような…。

にぶい空色

 

駅への道程9/いつの間にか閉店していた昔ながらのオモチャ屋さん。最近の子供は、コンピューター系のオモチャに夢中だからだろうか。そういえば文房具屋さんも1年前に店をたたんでいた。この駅前通りではやっているのはチェーン店の弁当屋やコンビニ、居酒屋。やはり大資本は強い。せちがらい世の風が、地元商店街にもしっかり吹いている。いや、個人の商売こそ機動力があってチャンスもあるさ。と、つぶやいて、よれよれコートのポッケに手をつっくこんで歩く。゜

花が、お出迎え

 

駅への道程10/やっと着きました、駅に。いつも慌ただしく、落ち着かず、ピカピカした照明がヨソヨソしい場所、駅。目的地での出来事や出会いを想って何となく緊張し、幾時間か後、そこから帰ってホーッと放心して歩く場所、駅。スイカカードの残金不足を決して見逃さず「ピンポン、ピンポン」と無情に鳴る改札が鎮座する駅。そんな駅は、10日かけたスケッチ旅行の最終日に、花屋の花で出迎えてくれました。これからも、駅よ、私を未知の世界へ導いておくれ。完。/明日からは、新シリーズ、「アラーキーの顔たち」を開始。これも10回予定。

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