リセット

 

発作的に、上のものを買う。

体が欲するようだ。

ぐるぐる回ってる毒素を

吸収してくれる気がする。

やたらと美味い。

 

最近、なぜか食い物のことばかり考える。

発酵食品にも関心がある。


微熱

花粉症ぎみで、よく眠れず。

どうも毛布のほこりをずっと吸い込んでいたようで、

喉がいがらっぽい。咳もぐずぐず出る。。

頭はやや微熱気味で、なんとなしにボーッとしている。

こういう症状を、図にしてみると、

上のような感じになった。

抽象画ではない。

 

一晩、レム睡眠だったので、

妙に鮮明な夢ばかり見る。

またしても学校の教室で、受験を控えている。

周辺は若い学生たちだが、

自分は今現在の中年の姿だ。

しかし頭には何の知識も入っていない。

この歳で、また大学に行こうとするのか、

それに受けても絶対すべる、と愕然としている。

深層心理では、もう一回学び直したいと思っているのか。

 

もう一つの変な夢は、

「最低限の法律は、すごいドラマになる」と

繰り返し誰かが言うのだ。

それで「すべての人の何かを支える

最低限のルールがすごいのだ」と、

確信を持って起きたが、

起きたとたんその意味が飛び散ってしまった。

いったい何のことなのだろう。

 

 

 


「肉」への鎮魂歌

 

肉、肉、肉…。

肉は美味しい。

こんなに気軽に肉を食べられる時代は

なかろうかと思う。

 

鉄砲かついで、山の中で獲物を追うのは、

きっととてつもない労力であろう。

何キロも山道を登ったりくだったりしても

獲物に出会いすらしないこともある。

鶏を食べるにしても、半世紀前は、

絞めて血を見たわけであった。

 

それが今、スーパーで200円も出せば

何がしの肉片を口にほうりこめる。

ああ、なんたることだ。

私の口は、人類何十億人の口と一体化して、

生きとし生けるものの肉体に

がぶりとかみつく。

悲鳴も聞かず…。

 


亀の甲羅のように

 

ここのところ、やたらと肩と腰が凝る。

赤いところがとくにひどい。

腕を回すだけで、肩甲骨あたりがボキボキと鳴る。

夕方になると、だるさが全身を覆う。

 

これではだめだ。

自分なりの「体操」を開発しなければ。

 

 


おにぎり三昧

 

ここ2、3日、おにぎりばかり食う。

やたらに美味く思える。

知らない間に、お茶碗3配分ぐらいは

腹に収まっている。

淡水化物のとりすぎなのだが。

 


花粉が飛んでる、春

 

お嬢さん、それは私だ。

ダウンシジャケットに

うずめた咳が、

獣(ケモノ)になりし夕暮れ。


キリッと「アフリカ」

 

ユーチューブで楽しいのは、

世界中のソロの名演奏が聞けることだ。

奏者の所作や息遣いが、音を生々しくする。

 

アミィ・トゥルクのハープがいい。

中でもトトの「アフリカ」は特に好きだ。

彼女が弾くと、

アフリカの真っ赤な夕日や乾いた大地が

すーっと目の前に広がってくる。

この曲は、中学校の頃、ラジオで流れたのを

ラジカセのテープで録音し、何度も聞いたもの。

だからか、ノスタルジーも感じてしまう。

 

アミィ・トゥルクの弾き方は、

結構激しい。

キリッキリッと弦をひっつかんで弾くという感じで、

音がシャンとしてる。

生け花の師匠、みたいな。

 

では、以下、「アフリカ」をお楽しみください。

https://www.youtube.com/watch?v=yyeuOmieaMM

 

バッハの「トッカータとフーガ」もいいのでおまけに。

https://www.youtube.com/watch?v=oPmKRtWta4E

これはまるで、一人オーケストラ。

 

 

 

 


コント万葉集

 

宴の席で

山上憶良/「憶良らは今はまからむ子泣くらむ

       そのかの母も吾(わ)を待つらむそ」

     (自分たちはもう退出しましょう。

      家には子どもが泣いているでしょうし、 

      妻も待っていますから)

大伴旅人/「中々に人とあらずは酒壺に

       成りにてしかも酒にしみなむ」

     (なまなかに人ではいずに酒壺になってしまいたい。

      そうして酒に入りびたろう)

 

旅人は、その席でほかの酒の名句を12首歌っていてる。

マイホームパパ憶良への当てつけだという説も、

学者の間でまじめに論じられている。

 

 

 

 


プリン的なめくじの日本

 

カレル・ヴァン・ウォルフレンの

『日本/権力構造の謎』を読んでいる。

初版が1990年なので、バブル当時の時点での

権力構造の分析となる。

ただ、この頃と、今の2017年、あるいは戦前の頃と

さして変わってないのではないかと思う。

 

ざっくりいえば、日本の権力は

政官財の組織のトップである

管理者(アドミニストレーター)が、

個人的ネットワークでつながりながら、

モノゴトを決めていく。

決定の方向は、各々の組織にとっての利害調整から出てくる。

また、組織内部にもいろいろと派閥があり、

派閥の折衝を随時やっている。

しかも、半自律的な権力組織は、警察、農協、マスコミなど

いろいろとあり、結構な影響力を行使していく。

こうなると、意思決定の総合において、

「日本全体の行くべきところ」などという

と大きな計画は描けない。

 

イラストにあるウォルフレンの言葉を

自分なりにイメージしてみる。

各組織は責任者のいないグネグネしたプリンのような軟組織

がある。

それがねちっこく絡みながら、

粘液物を出して揺れているだけ。

どこに向かうでもなく、存在することだけに

エネルギーを噴出している。

軟組織を構成する個人は、「個」になれず、

組織にヌルリと溶け込んでいる。

組織にも、組織の集合体にも、中心がない。

コマの芯にあたる軸がない。

だから突発的な力がどこからか派生したときが怖い。

その力に流されるまま、

どこへいくやら分からないからだ。

「平和」に風が吹けば「平和」に、

「戦争」に風が吹けば「戦争」に流される。

 

ウォルフレンの分析は、徹底的で、

日本のマスコミや識者は、ここまで冷静に書きえない。

書くことがあるにしろ個人的利害や

ネットワークにからめとられ、書けないですくんでしまう。

そもそも問題意識がわいてこない。

西洋人の日本人論は、だから面白いが、

身も蓋もなく、読んでてつらいところがある。

 

一神教徒は、天にズーンと神がいて、

良心を引き受けるから、

人間は「個人」になれるのだと、いろいろ読んで

最近、うっすらわかってくる。

だから、方向性をかっちり決められる政治が成り立つ。

それがすべていいとも思わないが、

やはり日本はどうしょうもなく多神教の国で、

それゆえの生きづらさはだんだんと

深刻さを増していく。

平和だからいいではないかという人もいるが、

日常レベルでも、そうではないのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 


熱い虚ろ

 

泥酔…。


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