『人間失格』、依然として謎

 

太宰治の『人間失格』を再読中。

 

初めて読んだ学生の頃、

思春期の激しい劣等感にさいなまれていたので、

自分を「失格」と決めつける潔さに、

ひどく共感したことを覚えている。

 

この作家の年齢を超えた今だと、

もう少し落ち着いて読めるが、

「太宰治」とだぶる主人公は、

やはりつい注目してしまう人間の元型だ。

 

彼には、食の欲求がない。

生存に対する欲望がストンと欠落しているのだ。

そして意識の中核は「恥」である。

となると、生きる、生存することが、

ただただ猛烈な苦痛となる。

こんなガランどうで、つらい人格が、

女性をどんどん引き付けるのである。

このことは男の自分には、すごく不思議なのである。

 

集英社発行のこの文庫は257円。

文庫にすれば破格の安さだ。

『人間失格』は、21世紀初頭もなお売れ筋本なのである。

 

なぜこの本は売れ、そして、

読者はどこに引き付けられるのか、

とくに女性に聞いてみたい。


ビールで二度寝の悦楽

 

夏に変な癖がつく。

深夜にぱっちり目が覚めてしまったとき、

キリンビールの「秋味」を飲むことだ。

アルコール度数が6度なので、

飲んで30分もすると結構酔う。

寝起きだからか、

ゆっくりと頭が回っていくような感じに。

すると妙にに眠くなる。

ただし、眠りに落ちる前に口を水でゆすいでおかないと

朝起きたときに口内が少し気持ち悪くなっている。

 


洗濯機の進化系

小型の超音波式洗濯機が現る。

パソコンのマウス型で、洗面器に水をためて使う。

洗えるのは、靴下やシャツなど、ちょっとした量のもの。

外出先のホテルなどで重宝できる。

 

手で洗えばいいじゃないか、

という気もする。

道具はいくとこまで進化する一つの表れか。


やっぱり…


バラエティに富む「意識」の発現法

また、ペルクソンである。

 

意識というのがある。

それが生物によって、発現の仕方が違って進化しているという。

 

植物は、動かずに大地から水分・養分を吸い上げる生存法なので

覚めた意識は必要ない。意識を「無意識」にして生きている。

 

しかし、動物は、自ら動き回って餌を探し回る生存法なので、

覚醒した意識が必要となる。

餌の効果的な獲得法を記憶し、それに基づいて新しい餌を

どう獲得するかの予測・判断しなければならないからだ。

 

ちなみにこの意識の発展において、

昆虫は「本能」、人間は「理性」という意識の発現形態を

特化させたという。

 

最初に意識がある。意識が物質を獲得し、

存在形態によって形、つまり体をさまざまに進化させてきた。

こう考えれば、

一見理性のない魚や爬虫類、その他の生物が、

外界にぴったり適応し。

あんな見事で工夫された体を持つことも、ふに落ちてくる。

人間の体にしたって、人間の理性が絶対到達できないほどの

複雑さ巧みさがある。

 

 


脳と意識の関係

 

哲学者ベルクソンの本を読み急ぐ。

すごいこと言ってる。

 

現代科学は、意識の働きは、脳を解明すれば分かるという立場。

しかしベルグソンは、意識は、脳と別次元に存在すると主張する。

意識=記憶は別に存在していて、

脳はそれを表に表す器官にすぎない。

意識は脳をはみ出てひろがっているという。

その関係をハンガー(脳)と服(意識)に例え、

意識は脳にひっかけられてた別ものとする。

その論拠は、失語症の研究からだが、まだ読んでいない。

 

ベルクソンは、意識の流れを「純粋持続」と呼んでいる。

意識のエネルギー体のようなものを

思い浮かべてみる。

物質と命の関係が理解できるかもしれない。

 

今読んでいる箇所は、ベルクソンの主著である

「道徳と宗教の二つの源泉」の前振りの論文だ。

純粋持続のことが、道徳と宗教にどうつながっていくのか

早く知りたい。

 


安室奈美恵とアムラー

 

安室奈美恵が引退したというニュースの大きさ自体に驚く。

私はファンではないので、この人に特に思い入れはない。

 

ただ、ひどくいい人だなと思ったことがある。

熱烈なアムラー(安室奈美恵のファン)である

芸人イモトアヤコの番組に、

安室が御茶を持って突如現れ、

後ろからイモトを驚かすというやつがあった。

チャイナドレス姿の安室は

しゃべくるイモトの話をさえぎってはと

後ろで10分も待機し、タイミングを計るのである。

大スターなのだから、さっさと前に出ればいいのにと思う。

謙虚な人である。

やがて安室はイモトをきっちり驚かすが、

安室が去った後、スタッフから感想を聞かれたイモトは、

鼻水をたらして感激の涙に嗚咽。

アムラーとは、安室をあがめる人たちなのだと実感する。

 

安室はどこか巫女さんのように思えてしかたない。

「安室語録」なんて吐くような強烈なキャラクターでなく、

無色透明な依り代となって、時代精神と一体化する人なのだ。

だから人は彼女に自分の人生をオーバーラップさせ、

心のよりどころとすることができた。

この重圧、どんなにすさまじいものなのか

勝手に推し量るだけで粛然としてくる。

それを20年も続ければ、もう辞めたいと思うだろう。

依り代としての純度には若さも必要だし。

 

安室は偉大な歌手を辞めて、ただの人になろうとする。

素にもどった元スターが、今後、

日本で日常生活を送れるのか少々気になる。

その前に自分の心配をせよということだが。

 

 


なにがワンダだ

 

電車車両の吊り広告全部が、

缶コーヒー「ワンダ」だった。

たけしを真ん中に、人気芸人と美女が登場し、

真ん中にでかでか「100万円」が当たるのコピー。

 

缶コーヒーは働く男子がターゲットだから、

この「100万円」当たるは、

こちらの胸にもグサグサとくる。

 

「100本買ったら、当たるかもしれない…」。

こんな胸算用を一瞬でも頭によぎらせたら、

もう広告の餌食にひっかかったことになる。

 

ワンダはきっと売上を何万本、いや何百万本と

伸ばすだろう。

大資本がやる売上戦略は、実にえげつない。

 

自動販売機の前を通り過ぎるたびに、

「100本買ったら…」の呪文が…。

いまいましいかぎりである。


巨大ラーメン、汁まで飲む…

 

大食いの人。

本当に美味しそうに巨大ラーメンを食べきる。

https://www.youtube.com/watch?v=1CReneE1pW0&t=352s

 


エキゾチック『犬ケ島』ジャパン

 

ミニシアターのユジク阿佐ヶ谷にて、

ウェス・アンダーソン監督の人形アニメ『犬ケ島』を見る。

 

独特な映像表現が圧巻。

映画全体が、日本のアートと日本映画のオマージュになっている。

戦国時代の武将から江戸、明治から昭和の絵画や習俗のイメージが

ふんだん取り込まれつつ、アメリカ人の感性で料理されているので

より不思議な世界となる。

 

ストーリーは冒険活劇。

近未来の日本の大都市であるメガ崎市にドック病が大流行。

人間への感染を恐れた小林市長が、すべての犬を「犬ケ島」に

追放する。市長の養子で12歳の少年アタリが、愛犬で親友のスポッツ

を救うため、単身小型飛行機に乗り込む…。

 

面白いのは、明確な個人意識を持ち、ドラマを進行させるのは、

青い目の犬たちである。その心性はアメリカ人、しかも白人的である。

冒頭の犬たちのやり取りやカメラアングルは、まさに西部劇である。

 

主人公である日本人少年アタリの意思はどちらかというと希薄で、

大勢の日本人は集団で行動し判断する組織人間に描かれている。

そして個人としての行動を迫られると、非常にもろく、

運命を切り開けずに殺されたり(渡辺教授)、

めげたりする(ヨーコ・オノ)。

犬派の民主勢力である学生運動をグイグイ引っ張るのも

青い目の留学生少女トレイシーである。

 

犬を「外国人」と見立てれば、この映画は、

日本に対する外国人の心理的葛藤ともとれなくもない。

日本人に接しようとすると、かえってくるのは組織としての

感情なりリアクションで、個人の姿がかき消えてしまう。

意志あるアメリカ人は、日本では「犬」レベルの友人としてか

見てくれない。

いつまでたっても「外人」と呼ばれる異邦人扱いなのだ。

映画はそのうっ憤を表現する意図でつくられていなだろうが、

無意識に現れ出ている気がする。

 

異国のアニメーターが異国のヴィジュアルソースを使い異国を

描くことは、とても刺激的。

ロシア人やチェコ人のアニメーターが描く「日本」も

見てみたいもの。


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